佐々木希さんがジュエリー制作を依頼していたことで注目のジュエリー職人・宮澤紀充さん。
宮澤紀充さんは大学在学中にジュエリー職人を志したと答えていますが、どこの高校や大学に進学していたのか気になりますね。
そこで今回は宮澤紀充さんの高校や大学、経歴についてご紹介します!
宮澤紀充の高校
結論から申し上げると、宮澤紀充さんの出身高校は明らかにされておりません。
宮澤紀充さんは長野県松本市出身なので松本市周辺の高校へ通っていた可能性が高いと思います。
宮澤紀充の大学
高校に続いて、宮澤紀充さんが通っていた大学は現在のところ判明しておりません。
かねてからモノづくりが好きだったということから、工芸・芸術系の大学へ進学したのかもしれませんね。
専門学校にも進学
宮澤紀充さんは大学在学中にジュエリーに興味を持ったということからジュエリーの専門学校へも進学していたとインスタのストーリーで明かしています。
しかし実際に授業と学びたいことのギャップが生じ1年半で退学しています。
宮澤紀充の中学
宮澤紀充さんの出身中学も判明しておりません。
中学受験などをしていなければ、地元長野県松本市の公立中学へ進学していたと考えられそうです。
こちらも判明次第こちらにまとめていきます!
剣道部だった
宮澤紀充さんは中学時代に剣道部でだったことを地域インタビューで明かしています。
中学時代の部活動で学んだ剣道の理念「剣の理法の修練による人間形成の道」に影響を受け、日本人の哲学を重んじ、意匠は「心」と「技術」、この二つが揃わないと成り立たない製作をしています。
出典:MGPRESS
宮澤紀充さんが作り出す美しいジュエリーは、剣道の精神も加わって作られていたんですね。
宮澤紀充の華麗なる経歴が素晴らしい!
宮澤紀充さんは日本国内で賞を受賞したりイタリアへ留学したりと、様々な素晴らしい経歴を持っています。
技能五輪で銀賞受賞
宮澤紀充さんは2014年に行われた技能五輪賞(貴金属装身具部門)で銀賞を受賞しています。
厚労省ホームページには銀賞受賞者にしっかりと名前が載っていました。
本番に向けて競技課題を何度も反復練習し、当日は練習以上のベストを出せたと言います。
手ごたえはありましたが惜しくも優勝を逃してしまいます。
優勝者はブラジルで開催される国際大会へ出場できるとの事でしたが、一歩届かず海外に出たいという気持ちからイタリア・ミラノへ留学しています。
苦労したイタリア留学
宮澤紀充さんは2014年の五輪技能賞終了後、イタリア・ミラノへジュエリー製作を学びに1年間留学をしています。
しかし留学当初から苦難の連続を経験しています。
留学先では語学学校でイタリア語を学びながら工房へ研修生として通う予定でしたが、工房担当者から「事情が変わった」と断られてしまいます。
そこから新しく工房を探すためにフィレンツェの街を歩き回ったと言います。
行った早々突然断られて、イチから修行先を探すなんて
凄すぎだわ・・!
そしてなんとか気に入った工房を見つけたものの相手にはしてもらえず、なんと5カ月間粘って頼み込んだそうです。
5か月目にようやく工房に入れた宮澤紀充さんは、当初掃除や雑用・店舗のディスプレーで使う壊れたサンゴの修復などをしていました。
工房の仲間からは当初名前で呼んでもらえず「日本人」と呼ばれていたそうです。
しかし徐々に仕事を任せてもらえるようになった時にようやく「名前は?」と聞かれ嬉しかったとインタビューで応えていました。
やっと認められた~!って感無量だったろうね!
そして1年間の留学生活を終えた宮澤紀充さんは日本へ帰国しています。
名古屋のハイジュエリー工房へ就職
宮澤紀充さんは日本に帰国後、愛知県にあるハイジュエリー店『(有)ジュエリークラフトシュドウ』で3年間職人として働き始めます。
お店で販売されている作品もとても美しく、どことなく宮澤紀充さんの作品とも精巧さが似ていますね。
宮澤紀充さんは当初は独立を考えていなかったそうですが、働く中で徐々に将来のビジョンに変化がうまれたといいます。
Racconto Jewelly Studio(ラコント)設立
2018年12月20日に宮澤紀充さんは地元松本市に『Racconto Jewelley Studio』を設立しています。
宮澤紀充さんは、物語を記すようにものづくりで人に感動を与える作品作りをしたいという思いから工房兼店舗経営を始めたといいます。
店舗では経営・広報・デザイン制作から販売まで全てを宮澤紀充さんが行っています。
宮澤紀充さんに頼めば自分が身に着けたいと思える一点物の作品と出会えるかもしれませんね!
Raccontoの意味は「物語」
イタリア語で「物語」
店名の「Racconto」の意味はイタリア語で物語という意味があります。
宮澤紀充さんはRaccontoの意味についてホームページで詳しく解説されていました。
Racconto/物語、紀行文を記すように、中世の手仕事を理想とし、自分の最も好きなことである、ものづくり(ジュエリー製作)を生業に、人に感動を充てる作品作りをしていきたいという想いで工房兼店舗の営業を始めた。
出典:note
さらに「Racconto」は「Raccontare/物語る」という動詞の一人称です。
製作からお渡しするまで。の一人称は、私(宮澤紀充)
お渡し~身に着けてから。の一人称はあなた
そんなジュエリーの物語といった意味が込められていると言います。
めちゃくちゃロマンチックですよね。
宮澤紀充さんは100年後も受け継がれるジュエリー作りを目標にしていると語っていました。
「Raccont」にはそんな素敵な意味がたくさん込められていました。
Raccontoの場所
「Racconto」の詳しい場所は非公開となっています。
オーダーされた方のみ詳しい場所を教えて貰えるようですが、公開されている情報はこちらです。
駐車場3台
大糸線「島高松」駅から徒歩8分
松本ICから車で約10分
松本駅から車で約15分
駅やICからも近くてアクセスはしやすい立地のようですね!
宮澤紀充のwikiプロフィールまとめ
wikiプロフィール
- 名前:宮澤紀充(みやざわ のりみち)
- 生年月日:1993年生まれ
- 年齢:31歳(2024年時点)
- 最終学歴:大学卒業
- 出身地:長野県松本市
- 職業:ジュエリー職人・『Racconto Jewellery Studio』代表
宮澤紀充さんは長野県松本市にある住居兼工房『Racconto Jewellery Studio』の代表取締役を務めています。
工房ではお一人でジュエリー職人としてオーダーメードのオリジナルジュエリーを制作しています。
ジュエリー職人になったきっかけ
宮澤紀充さんがジュエリー職人を志したきっかけはまだ判明しておりません。
しかし宮澤紀充さんが綴っているnoteを拝見して思ったのが
・手仕事を生業にしたい
・自分が美しいと思ったものを形にして世に出したい
という気持ちが強かったことから自然とジュエリー職人になる道へ進まれたのかなと感じました。
宮澤紀充さんの文章を読んでいて、とても繊細で感性が豊かな性格だ感じたので、もともと綺麗なものや芸術が好きだったのかもしれませんね。
一点物のオーダーメード作品を作る理由も
・人と被るのはつまらない
・大量生産品が好きではない
・作ったことのないものが面白い
・自分の知見を活かしお客さんと一緒になって一つのものを作り上げることが楽しい
このような考え・気持ちがあることからオーダーメード作品を作っているといいます。
宮澤紀充さんは自分の好きなことを生業に出来る根っからの職人・芸術家気質なんでしょうね!
まとめ
今回はジュエリー職人の宮澤紀充さんの学歴や経歴についてご紹介しました。
剣道の経験やイタリア留学をしたことで今のジュエリーに対する確固たる哲学ができてるようですね!
今後も宮澤紀充さんを応援していきましょう!